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「一丁目一番地」を、20代が使っていた。

「一丁目一番地」を、20代が使っていた。

その言葉、どこで覚えたんですか

先日、お客様の営業ミーティングに同席させていただいた。

資料がひと通り回ったあと、まだ20代と思われる若手の方が、こう言った。

「ここが一丁目一番地ですよね」

一瞬、耳を疑った。

昭和の会議室で、灰皿の煙の向こうから飛んできたはずの言葉。それが、令和のオフィスで、平成生まれの口から、ごく自然に出てきた。

ダサいとも、古いとも思わなかった。むしろ、

ある意味、いいよな。

素直にそう思った。

気になって、あの世代が使っていた言葉と、いまの言い換えを並べてみることにした。


昭和語 ⇄ 令和語 対訳表

仕事の進め方

昭和令和
一丁目一番地最優先事項/マストの論点
全員野球で行こうワンチームで/部門横断で
ガラガラポンゼロベースで見直す
根回し・仁義を切る事前に握る/目線合わせ
腹を割って話そう心理的安全性を担保して
ドンブリ勘定ざっくり試算/概算ベース
鉛筆をなめるエイヤで数字を置く
土俵に乗せるスコープに入れる
白紙に戻すいったんペンディング
汗をかく/泥をかぶるコミットする/オーナーシップを持つ

気合 vs ファクト

昭和令和
気合と根性でデータドリブンで
背中を見て学べオンボーディング/メンタリング
死ぬ気でやれサステナブルに回す
24時間戦えますかワークライフバランス
足で稼ぐインサイドセールス/リード獲得
なんとかしろ打ち手を整理して優先度をつけよう

並べてみて、気づいたこと

1. 昭和語には「身体」がある

をかく。をかぶる。鉛筆をなめる。で稼ぐ。を割る。背中を見て学べ。

見事に、身体と手触りが出てくる。ざらついていて、重い。だから一度聞くと忘れない。

対して令和語は、コミット、オーナーシップ、心理的安全性、インサイドセールス。概念である。

正確で、資料に書ける。ただ、身体は出てこない。

昭和語は忘れられない言葉で、令和語は共有できる言葉なのだと思う。

2. きれいに翻訳できないペアがある

並べてみると、実は左右がイコールじゃないものが混ざっている。

  • 白紙に戻す ≠ ペンディング 白紙は「なかったことにする」。ペンディングは「あとで戻ってくる」。まったく別の意思決定である。
  • ガラガラポン ≠ ゼロベースで見直す ガラガラポンには「一回ぶっ壊す」という破壊の快感が入っている。ゼロベースは、もう少し行儀がいい。
  • 鉛筆をなめる ≠ エイヤで数字を置く 鉛筆をなめるは「意図を込めて数字をいじる」。エイヤは「根拠なく置く」。 むしろ、後ろめたさを自覚している分、鉛筆をなめるの方が誠実かもしれない。

言い換えたつもりが、少しだけ角が取れている。角が取れたぶん、伝わりやすくなり、同時に何かが抜け落ちている。

3. ただし、戻らなくていいものもある

  • 24時間戦えますか → ワークライフバランス
  • 死ぬ気でやれ → サステナブルに回す
  • 背中を見て学べ → オンボーディング/メンタリング

これは言い換えではない。価値観のアップデートだ。

「背中を見て学べ」は、要するに教える側が言語化をサボっていただけ、という側面もある。ここは令和の圧勝でいいと思う。

4. 個人的に一番好きな翻訳

なんとかしろ → 打ち手を整理して優先度をつけよう

丸投げが、分解と優先順位づけになっている。

マネジメントの進化が、この一行に全部入っている。


で、なぜ若手が昭和語を使うのか

推測でしかないけれど、たぶん理由はシンプルで、

短くて、言い切っていて、覚悟が乗るから。

「これが最優先事項です」より、「ここが一丁目一番地です」の方が、腹が据わって聞こえる。

カタカナ語は正確さを担保してくれる。でも、覚悟までは担保してくれない。

会議で場の空気を一段引き締めたいとき、人は無意識に、重い言葉を選ぶのかもしれない。


両方の辞書を持っている人が、たぶん強い

数字と進め方は令和語で。ここぞの一言は昭和語で。

「ここ、一丁目一番地なので、部門横断でいきましょう。数字はいったん概算ベースで、進め方はサステナブルに」

……ちょっと欲張りすぎか。

でも、あの若手の方の一言が妙に耳に残ったのは、たぶんそういうことだ。言葉を選べる人は、伝えたいことがはっきりしている。

昭和の戦士たちの言葉は、思ったよりしぶとく生き残っている。 そして生き残っているものには、たいてい理由がある。


みなさんの現場で、いまも生き残っている昭和語はありますか。 「それ、うちではこう言い換えてる」があれば、ぜひ教えてください。